魔王輪舞曲 20話

 

 自分で王妃を殺したと告白した以上、この人間はシャーンを殺さない訳にはいかない。

 傲慢の魔王と変わらない青色の、傲慢の魔王と全く違う眼差しが、シャーンを見詰めた。もう、セレストの何もかもが嫉妬の魔王の癇に障る。

「……儀式をやっているのは、誰ですか? 何処、ですか?」

「今までみたいに失敗して――消えてしまえばいいのよ、あんな小娘」

 儀式の日を待つエセル、茨に包まれて眠る彼女は確かに王妃に似ていた。嫌でもルシファーに抱かれた死体を、シャーンに思い出させる。ルシファーが目を閉ざしてやった王妃の遺体は、笑っていたような気がした。実際は笑ってなどいなかったが、それでもシャーンが記憶を辿ると必ず王妃は笑っていた。

 死してもなお、傲慢の魔王はメルキュリア・レフレただ一人のものだ。

「人間は嫌いよ。勝手に堕落したくせに、それを与えてくれたルシファー様の所為にして。20年前も私達からルシファー様を奪って、今も王妃という存在に捕らわれている」

 誰のモノでもないのなら、まだ耐えられたのに。

「だから、一緒になんてさせないわ」

 復活した魔界に、王妃はいない。最初で最後の、王妃から傲慢の魔王を奪うチャンス――この復讐を、誰にも邪魔させはしない。

「後はお願いします、レヴィーナお姉様」

 最後の力を振り絞ってシャーンが水流に運ばせたのは、黄金で出来た短剣だった。

「……え?」

 刺されると思って身構えたセレストの横を通り過ぎ――短剣はシャーンの掌に、逆手に収まる。と、シャーンは鎖から逃れようと身体をくねらせる。

「人間。よく、覚えておきなさい?」

 表情は苦痛に歪んでいても、セレストを睨みつけた瞳と声は憎悪に燃えている。

「その血で赤く濡れた手で、愛しい者なんて抱けやしないのよ!」

 シャーンは短剣を自分の身体に突き立てる。引き抜く。水に晒された傷口から血液が流れ出て、戻る事も止める事も不可能だ。暗い蒼の世界に、鮮やかな赤が広がっては溶けていく。

「ぁ……!」

 何度も、何度も――やがて、赤の中に透明な気泡が混じる。

 

 人魚は泡となって、消えた。

 

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