自分で王妃を殺したと告白した以上、この人間はシャーンを殺さない訳にはいかない。
傲慢の魔王と変わらない青色の、傲慢の魔王と全く違う眼差しが、シャーンを見詰めた。もう、セレストの何もかもが嫉妬の魔王の癇に障る。
「……儀式をやっているのは、誰ですか? 何処、ですか?」
「今までみたいに失敗して――消えてしまえばいいのよ、あんな小娘」
儀式の日を待つエセル、茨に包まれて眠る彼女は確かに王妃に似ていた。嫌でもルシファーに抱かれた死体を、シャーンに思い出させる。ルシファーが目を閉ざしてやった王妃の遺体は、笑っていたような気がした。実際は笑ってなどいなかったが、それでもシャーンが記憶を辿ると必ず王妃は笑っていた。
死してもなお、傲慢の魔王はメルキュリア・レフレただ一人のものだ。
「人間は嫌いよ。勝手に堕落したくせに、それを与えてくれたルシファー様の所為にして。20年前も私達からルシファー様を奪って、今も王妃という存在に捕らわれている」
誰のモノでもないのなら、まだ耐えられたのに。
「だから、一緒になんてさせないわ」
復活した魔界に、王妃はいない。最初で最後の、王妃から傲慢の魔王を奪うチャンス――この復讐を、誰にも邪魔させはしない。
「後はお願いします、レヴィーナお姉様」
最後の力を振り絞ってシャーンが水流に運ばせたのは、黄金で出来た短剣だった。
「……え?」
刺されると思って身構えたセレストの横を通り過ぎ――短剣はシャーンの掌に、逆手に収まる。と、シャーンは鎖から逃れようと身体をくねらせる。
「人間。よく、覚えておきなさい?」
表情は苦痛に歪んでいても、セレストを睨みつけた瞳と声は憎悪に燃えている。
「その血で赤く濡れた手で、愛しい者なんて抱けやしないのよ!」
シャーンは短剣を自分の身体に突き立てる。引き抜く。水に晒された傷口から血液が流れ出て、戻る事も止める事も不可能だ。暗い蒼の世界に、鮮やかな赤が広がっては溶けていく。
「ぁ……!」
何度も、何度も――やがて、赤の中に透明な気泡が混じる。
人魚は泡となって、消えた。