黒い翼は、傲慢を司る魔王の象徴だ。魔界の瘴気を凝縮した、闇の色。この人間は自分がルシファーを慕っている事を知っていて、その姿で戦おうというのか。
「卑怯者めっ……!」
もう構わない――この船の残骸で、生き埋めにしてやる。自分は海に生きる人魚だ、脱出するなど容易な事。
シャーンは壁を、柱を壊していく。砕いた大理石やガラスを、水流に乗せてセレストにぶつけた。背中の翼からも血が流れたが、アレは偽物なのだと思い込む事でシャーンは心を騙す。
「いっそ、背から引き抜いてやる」
そして自分の背に付けよう。ルシファーの黒翼を自分が背負うのも、悪くはない。
「そうしましょう、私と一つになりましょう陛下」
手近な所に見つけた棒を構え、今自分が出せる最高の速度でセレストに接近し腹を思い切り突く。槍ではそれこそ翼を痛めてしまうから。
「ぐぅっ……!」
翼を剥ぎ取る為には、一度陸に上げねばならないだろうが――痛みで大した抵抗も出来まい。同じように水流を操り、沈んでいくセレストを浮上させる。
「……?」
しかし、突然水がいう事を聞かなくなる。こんな事は一度もなかったのに。
「何なの?」
「久しいな、シャーン」
柔らかな青年のものではない、威圧的な聞きなれた声がした。同時に周囲の瓦礫が、今度はシャーンを襲う。
何とか視界にとらえたセレストは――青かった髪が、金色に変わっていた。
またあの白い空間にセレストは転がっていた。
「シャーンはレヴィーナに比べて、確かに劣るが……それでも強い」
愛人という地位だけで、姉妹が魔王として君臨しているのではない。どちらもその実力を持っているからこそ、玉座にいられるのだ。
「此処は私と代われ」