人間界から来た豪華客船を沈め、城として使っているらしかった。エリスの泡から出ても水の中だというのに普通に過ごせるのは、嫉妬の魔王の力によるものらしい。
「シャーン様を守れ!」
強欲の魔王とは違い、魚人や生物達は自分達の王を守ろうとした。この魔王は、慕われているんだな。
しかし、襲いかかってくる者にもルシファーの力は発動する。殺した者達が妃に悪意を持っているからなのか、いないのかはもう分からない。
殺した事を、覚えておこう。感触を忘れないようにしよう。今自分に出来るのは、それしかないのだから。もう、ルシファーの思念に呑まれて……逃げたりはしない。
豪華客船の広間の、ステージの上に置かれた巨大な二枚貝。そこに座るようにして、翠色の尾をした人魚はセレストを待っていた。知らせを聞くや否や脱出した姉とは逆に――真珠や宝石で美しく着飾って、訪ねてくる者を今か今かと待っていた。
「陛下……」
本来ならば、そこに彼女が座る事はない。姉が不在の時に、渋々座らされるだけ。それでも……あの人が此処を目指して来るのだから、今は此処にいよう。
「ああ、お待ちしていました」
現れたセレストの姿を、うっとりとした表情で見つめている。
「ずっと待っておりました、ルシファー様。シャーンは貴方にお会いしたかった」
セレストの中にいる、ルシファーの残留思念に向かって彼女は話しかけている。シャーンは久しぶりの夢の世界に酔っている。
「僕はルシファーじゃないよ」
「ルシファー様は貴方に姿を見せたのよね。なのに如何して私の前にはいらして下さらないの?」
夢の世界に入り込んできたセレストに、シャーンは不快感を示す。嫉妬の魔王は、セレストにも嫉妬していた。契約者になった男――ルシファーと溶け合いかけて、しかしそれを拒絶して『セレスト』であろうとする男。
「私を契約者にすれば、好きなように身体を使わせて差し上げるのに。そうすれば、私だけのルシファー様になるのに」
妃にも姉にも手の届かないルシファーとの繋がり――欲しくて欲しくて堪らない。
「まぁいいわ。先ずは邪魔な貴方を消せばいいんですもの」
空っぽになったセレストの身体を支配するのは、きっとルシファーの残留思念だろうから。それで契約を断られるなら、その身体に閉じ込めて自分だけのものにしよう。
どちらに転んでも、シャーンには悪い結果にはならないのだから――傲慢の魔王の亡霊と戦う価値は、十二分にある。