海の中は暗く、少し肌寒かった。薄い膜を隔てた向こう側は、光に温められる事はない海水なのだから当然かもしれない。不思議と窒息する事もなく、セレストは海の底へと向かっていた。
彼女が用意してくれた、小さな灯りだけがセレストの視界を確保している。オレンジ色の尾の鱗だけが鮮やかだった。
「本当に、有難う」
「いいえ」
ただ一人だけ逃げずにセレストの話を聞いてくれた人魚、名前はエリスという。如何やら彼女は復讐の対象ではないらしかった。
エリスは他の人魚達とは一緒に暮らしていないようで――それが理由なのかもしれない。
「……あのさ」
黙っているのに耐えかねて、セレストはエリスに尋ねる。
「君は、妃を憎くは思わなかったの?」
横を泳ぐエリスは笑って答えた。
「昔は、私も皆と同じで……ルシファー様が全てでした。けれどお妃様がいらっしゃる少し前、此処と人間界の海が繋がったのですよ」
その時、網に掛かって捕まった私を助けてくれた――あの人が、忘れられないのです。他の人魚達からは仲間外れにされますけど……私はあの人を愛しています。本物の愛だと、胸を張って言えます。
「だからでしょうね、ルシファー様の気持ちも貴方の気持ちも……少しだけ分かる気がします」
エセル様と幸せになってくださいね、そうエリスは言ってくれた。
「さ、もうすぐレヴィーナ様とシャーン様のおられるお城ですよ」
闇の中にぼんやりと、豪華な沈没船が浮かび上がった。