魔王輪舞曲 第14話

 

 海の中は暗く、少し肌寒かった。薄い膜を隔てた向こう側は、光に温められる事はない海水なのだから当然かもしれない。不思議と窒息する事もなく、セレストは海の底へと向かっていた。

 彼女が用意してくれた、小さな灯りだけがセレストの視界を確保している。オレンジ色の尾の鱗だけが鮮やかだった。

「本当に、有難う」

「いいえ」

 ただ一人だけ逃げずにセレストの話を聞いてくれた人魚、名前はエリスという。如何やら彼女は復讐の対象ではないらしかった。

 エリスは他の人魚達とは一緒に暮らしていないようで――それが理由なのかもしれない。

「……あのさ」

 黙っているのに耐えかねて、セレストはエリスに尋ねる。

「君は、妃を憎くは思わなかったの?」

 横を泳ぐエリスは笑って答えた。

「昔は、私も皆と同じで……ルシファー様が全てでした。けれどお妃様がいらっしゃる少し前、此処と人間界の海が繋がったのですよ」

 その時、網に掛かって捕まった私を助けてくれた――あの人が、忘れられないのです。他の人魚達からは仲間外れにされますけど……私はあの人を愛しています。本物の愛だと、胸を張って言えます。

「だからでしょうね、ルシファー様の気持ちも貴方の気持ちも……少しだけ分かる気がします」

 エセル様と幸せになってくださいね、そうエリスは言ってくれた。

「さ、もうすぐレヴィーナ様とシャーン様のおられるお城ですよ」

 闇の中にぼんやりと、豪華な沈没船が浮かび上がった。

 

next