魔王輪舞曲 第7話

 

 頭から足まで真っ黒に染まった青年が、覚束ない足取りで歩いている。血の匂いに誘われた下級悪魔が寄って来ては殺された。

「ぎゃあああああああああ!」

 肩から指先に掛けての肌が黒く硬く変化して、悪魔に死を与える。悪魔の血は赤だったり緑だったりしたが、時間が経つとどす黒くなるのは同じらしい。セレストが歩いた道はよく分かった。

「……」

 暗く濁ってしまった瞳は、もう死体には目もくれない。休みもせずに、ただ只管に南西――強欲の魔王のいる黄金宮を目指して歩き続ける。

「エセル……」

 彼女を取り戻す、という願いが今のセレストを動かしていた。疲労した身体が止まれと言っても無視をする。エセルの事以外を考えたり、止まったりすると――自分は壊れてしまうだろうから。

 

「エセルではなく、貴様ならよかったのだ!」

 白髪の交じり始めた男は、投げつけるようにグラスに入った酒を長女に掛けた。

「っ……!」

 今ロッテが着ていたのが黒い喪服であった事は、まだ幸いなのかもしれない。赤いワインの染みが目立たなくて済んだ。

「ああ、エセル――わたくしのエセルベルタ」

 両親は次女の死を嘆き悲しんでいる。葬儀についても忘れているようで、シャーロットが全てを取り仕切った。

「シャーロット。貴様の顔など見たくもない、さっさと下がれ」

 ロッテは言われた通りに、頭を下げてから両親のいる部屋を出て行く。

「はい……お父様お母様、どうかあの子の冥福を御祈り下さい」

 ひんやりとした空気が、ロッテの身体に纏わりつく。彼女は気にせず、地下に続く階段を降りて行った。

「ロッテ様」

 白衣を着た老人が、縋るようにロッテを見詰めた。彼は小さい頃からロッテやエセルの主治医をしている者だった。

「如何、ですか?」

 ベッドには、二人の人物が眠っている。今にも止まってしまいそうな程に細い呼吸を繰り返すセレストと、身体を清めたエセルベルタだ。

「セレスト様は――何時意識が戻るか、全く分かりません」

「……」

 ロッテは碧色の瞳を悲しそうに伏せた。

「エセル様も理由が分からず……力になれなくて申し訳ありません」

 エセルベルタは、死んだ時のまま――身体が一向に腐敗しないのだ。幾ら地下室が暑くないとは言え。

それは悪魔に襲われたから、魂が天に召されずに地上を彷徨っている――それがこの時代、この場所に生きる者達の一般的な考えだった。

「いいえ、貴方は出来る限りセレストを生かしてください」

 ロッテは、動かない恋人達の手を重ねてやる。

「セレスト……どうか、戻って」

 

 歌姫は、レクイエムを歌わない。

 

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