助けてくれたその人の上着を着せられて、僕は壁に背を預けて座っていた。
隣でずっと僕を撫で続ける彼の手は、とても温かいと思った。
「……助けてくれて、ありがとう」
不思議と素直にお礼が言えた。家族以外に言ったのはこの時が生まれて初めてだったような気がする。
「いいって。でも、何で一人で歩いてたんだ?」
彼は首を傾げる。
「お前くらいの年齢だと分かんないのかもしれないが、此処は子供が一人で来ていい場所じゃない。昼間でも、大人でも危ないくらいなんだぞ」
「君だって、大人じゃないだろ」
むっとした表情で僕は言うが、彼は苦笑した。
「俺はいいんだよ。それより、何してたんだ?」
「……兄さんを、探してたんだ」
最初は躊躇いがちに、 話し出した。他人に教えていいモノか分からなかったけど、やっぱり聞いてもらいたくて。
「兄さんが、消えちゃったんだ。僕に、お前なんか生まれて来なければよかったんだ、って言って」
理由は、本当に分からない――突然だった。旅から帰って来たばかりで、お帰りなさいって言った僕を抱き上げてくれたのに。
「そうか」
白い指先が僕の目元に触れた。僕は気付かない内に、泣いているみたいだった。
「泣けよ」
彼に言われるがままに、僕は泣いた。視界は滲んで何も見えない。この時の僕には、彼の手の暖かさだけが確かなモノだった。堪らずにしがみついてしまったが、彼は何も言わなかった。
「ねぇ、君の名前は何て言うの?」
泣き止んですっきりした僕は、何の気なしに尋ねてみた。何時までも『彼』じゃ、何だか分かりにくいでしょ?
「人に名前を訊く時は自分から、だぞ」
「僕は教えちゃいけないって言われてるから駄目」
「なら俺も教えない」
後悔は先に立たないってよく言うよね……本当にそうだ。是が非でも、此処で名乗っておけば良かったんだ。そして、無理矢理にでも彼の名前を聞いておくべきだった。
「……じゃぁ、僕が付けてあげる」
改めて、僕は彼を見詰めた。黒い髪に、蒼い瞳――とても静かな、夜の色。
「決めた。ノクト……君は今から、ノクトだ」