セレストは自分の身に起きた事を、ベリアルに全て話した。
「……嘘では、ないのですよね」
もしそうならば、傲慢の魔王の力は容易くこの青年を見捨てるだろう。ルシファーの加護を受けて魔界で実体を持っていられるセレストは、恐らく加護が消えると人間界の身体も死んでしまう。
故に、受け入れた以上セレストは如何しても契約を果たさねばならない――どんなに周りの者が、ベリアルがそれを望まなくとも。
契約によって与えた力を他の目的に使用する事を、傲慢の魔王は決して許さないだろうから。
「はい。お妃様を殺めた人に、心当たりはありますか?」
そして――もし協力を拒否すれば、片腕のベリアルとて同罪と見なされるかもしれない。
「メルキュリア様は、人間で――陛下に唯一愛された御方。快く思わない者は、沢山いました」
ルシファーに心酔する悪魔、寵愛を奪い合う愛人達……上げれば限がない。
「最悪――全ての悪魔を皆殺しにするまで、陛下の復讐は終わらないのでしょう」
「……」
「直ぐに貴方も知る事になるでしょうから、正直に教えます。嫉妬の魔王シャーン、彼女はルシファー様の愛人でした。強欲の王マーモン、王妃を殺した人物ではないかと噂されています」
代表的なのはこの二人だろうか……それからセレストには地図と旅に必要そうな物を与えてやった。
「辛い旅になると思いますが」
申し訳なさそうな顔をしたベリアルに、セレストは微笑んだ。
「行きます」
「願わくば貴方がエセルベルタ姫と逢えますように」
儀式の前に、助け出せるように。
「有難う御座います」
セレストが退室すると、ベリアルは目を閉じる。セレストが廊下を進む足音――そして、早速復讐の対象と遭遇してしまったのだろう。
「ただ――」
肉を切り裂き骨を砕く音と悲鳴を、ベリアルの聴覚は如何しても拾ってしまう。
「復讐と現実は、甘くないのですよ……」
あの虫も殺せないような青年が膝から崩れ落ちる様子が、容易に想像出来た。