愛する妃の為に、わざわざルシファーが光を届けた薔薇の庭園――そこを、ベリアルは何となく見詰めていた。
「昼間暗いのは好きじゃないです、気が滅入るから」
今思い出しても、魔界には相応しくない人だった。彼女は生命力に溢れていて、光の似合う人だ。
「私は薔薇よりも野の花が好きですね。ああ、でも変えなくていいですよ? だって、貴方が造ってくれたんですから」
薔薇よりも、なんて言った時点で普通なら殺される。というよりも、ルシファーに異を唱える者自体が少ない。
「だからこそ……彼女はあの御方に愛されたのかもしれません」
傲慢の魔王と妃が亡くなってから、20年も経っていないのに――ベリアルには昨日の事のようにも、遥か昔の事のようにも感じられた。
「きっと、お二人が幸せだったからなのでしょう」
今はもう、何処にもいない人達に思いを馳せる。傲慢の魔王は心から敬愛していたし、嫉妬はしたが王妃も嫌いではなかった。庭園で笑いあう二人を見るのが、何よりも楽しみに思っていたのに。
「ベリアル様っ!」
「何事ですか」
色鮮やかな思い出からモノクロの現実に無理矢理戻された事に、ベリアルは不快感を露わにした。
「兎も角来て下さい!」
殺されると恐怖に震えながらも、ベリアルを呼びに来た悪魔には己の任を果たすしかないのだ。
人間、だった。青の髪と目をした、頼りなさそうな青年。だが、そんなのは大した問題ではない。
懐かしい気配が、した。その答えは、彼の両手に握られた、漆黒の――。
「ルシファー様の羽根……間違いない」
ベリアルはセレストに詰め寄った。
「答えなさい、人間。何故その羽根を貴方が持っているのですか」