次に見たのは、大きな月だった。先程の白い世界とは違って、夜空があった。
そして、また誰かが僕を見下ろしていたから――色が変わっただけかと思った。
蒼白い光に照らされて、その人の顔は見えない。でも、さっきの男とは違うのは分かった――背中に黒い羽がない。
髪は黒……いや、『墨色』と呼ぶのだろうか。さっきの男よりも華奢で、背は低い。目は静か、というよりは無感情――ではないな、凄く迷惑そうだった。
「あ、あの……君、は?」
「……ベルフェ・ゴール」
最低限の言葉しか返って来ない。警戒しているのだろうか。僕は兎も角起き上がる。
「僕は、セレスト――人を探しに来たん・」
「知らない」
言いきる前に、ベルフェは言葉を遮った。
「……あ」
ふと、ベルフェは何かに気付いたみたいでその場に座り込んだ。僕の足元から、漆黒の羽根を拾い上げる。
「……そう、分かった。少しだけだよ」
彼は一人で何かを呟き、その羽根を僕に寄越した。言ってる事の意味は分からなかったけど、取り敢えず受け取る。ベルフェはスッと手を上げて、方向を示した。
「それ持って、此処真っ直ぐ……城があるから、ベリアルって悪魔に見せるんだ。君は煩いから嫌いだ……早く行って」
僕はそんなに大きな声で喋っていたのだろうか?
「君は生きてる――ずっと音がしてる。呼吸、心音……煩すぎる」
僕の顔に出ていたのだろう。でもごめん、それは如何しようもないんだ。不思議な事に……本当の僕の身体はベッドの上で生死の境を彷徨っているのに、ここでの僕もちゃんと生命維持活動を続けているらしい。
「此処は……眠りの谷。死した人間が……何も考えずに、ただ眠るだけの――怠惰の地」
改めて見回す怠惰の地は、地獄とは思えない程に美しい所だった。所々に白い花が咲く、そう……まるで天国のように。
「じゃぁ君は如何して此処にいるの?」
「……やる事、ないから」
逢ったばかりなのに、その答えがベルフェらしいと思ってしまうのは、何故だろう。
「早く、行けば? 止めるのは……面倒くさいから、しない」
僕は走りだす。振り向くとベルフェは見送ってくれていたので、手を振る。彼は不思議な人、というのが僕の感想だ。
「ありがとう!」
ああ、今帰るなら一命を取り留めて生きていけるのかもしれない。それでも僕は止まらない。ロッテは泣くだろうな。
だって……帰ってもそこにエセルはいないから。僕はエセルを愛してるんだ。ごめん、行ってくるよ。
「人間は皆、煩い……如何して自ら辛い事を、するの?」