気付いた時、僕は真っ白な世界にいた。寝転がって、何もない――天井も空も何もない、虚空を見つめている。起き上がろうとも思わない。
「似ていた」
頭の上から声が響いた。男性の声、僕よりもずっと低く男らしかった。
「彼等は私を呼び出すつもりのようだ、あの娘の魂を生贄にして」
変な話だ……エセルは死んでしまったのに。
「少なくとも魂は生きている、儀式に使われれば魂も死ぬだろう。そうすれば、あの娘は消えてしまう。転生も、私のように彷徨う事すらなく」
雪、かと思った。ふわりと後から後から降り注ぎ、僕の身体に積っていく。雪と決定的に違うのは、それが冷たくないという事。僕を濡らしも暖めたりもしなかったが。
何よりも、黒い色をしているそれが『彼』の羽根であると分かるのに時間は掛からなかった。
「愚かな者達だ。どれだけ似た者を用意しても、私は還らないというのに」
鴉よりもずっと黒い、翼を背中に生やした男。僕を見下ろし、静かな声で喋り出した。
「悔しいか」
「悔しい。もう直ぐ僕達は、結婚して。エセルを、幸せにする――はずだったのに」
目を閉じれば、鮮明に思い出せる。僕が彼女の左手の中指に嵌めた指輪を見て、はにかむように笑ってくれた、エセルベルト。
「如何したい?」
「連れ、戻したい。死んでしまって還れないなら、僕も魔界で暮らす」
「ならば、私の契約を受け入れろ」
「契約?」
「魔界で生きていける肉体と、悪魔に対抗出来る力をやる。その代り……」
悪魔との契約には、代償が必要だ。願いを叶えたり、何かを手に入れる――その代わりに、此方も何かを捧げなくてはならない。代償として一番有名なのは女の身体だろうか。
「探せ。そして、我が力を以って殺せ。クリア――私の愛しいメルキュリアを殺し、それに加担した者達、黙殺した者……全て。一人残らず殺せ」
「……それは、誰なの?」
「分からない」
「……それは、何人いるの?」
「分からない」
それでも。何時終わるとも分からない男の復讐に身を投じても。
「エセルに会いたい。生贄になんてさせない」
僕の答えは――決まっていた。