魔王輪舞曲  第3話

 

 気付いた時、僕は真っ白な世界にいた。寝転がって、何もない――天井も空も何もない、虚空を見つめている。起き上がろうとも思わない。

「似ていた」

 頭の上から声が響いた。男性の声、僕よりもずっと低く男らしかった。

「彼等は私を呼び出すつもりのようだ、あの娘の魂を生贄にして」

 変な話だ……エセルは死んでしまったのに。

「少なくとも魂は生きている、儀式に使われれば魂も死ぬだろう。そうすれば、あの娘は消えてしまう。転生も、私のように彷徨う事すらなく」 

 雪、かと思った。ふわりと後から後から降り注ぎ、僕の身体に積っていく。雪と決定的に違うのは、それが冷たくないという事。僕を濡らしも暖めたりもしなかったが。

 何よりも、黒い色をしているそれが『彼』の羽根であると分かるのに時間は掛からなかった。

「愚かな者達だ。どれだけ似た者を用意しても、私は還らないというのに」

 鴉よりもずっと黒い、翼を背中に生やした男。僕を見下ろし、静かな声で喋り出した。

「悔しいか」

「悔しい。もう直ぐ僕達は、結婚して。エセルを、幸せにする――はずだったのに」

 目を閉じれば、鮮明に思い出せる。僕が彼女の左手の中指に嵌めた指輪を見て、はにかむように笑ってくれた、エセルベルト。

「如何したい?」

「連れ、戻したい。死んでしまって還れないなら、僕も魔界で暮らす」

「ならば、私の契約を受け入れろ」

「契約?」

「魔界で生きていける肉体と、悪魔に対抗出来る力をやる。その代り……」

 悪魔との契約には、代償が必要だ。願いを叶えたり、何かを手に入れる――その代わりに、此方も何かを捧げなくてはならない。代償として一番有名なのは女の身体だろうか。

「探せ。そして、我が力を以って殺せ。クリア――私の愛しいメルキュリアを殺し、それに加担した者達、黙殺した者……全て。一人残らず殺せ」

「……それは、誰なの?」

「分からない」

「……それは、何人いるの?」

「分からない」

 それでも。何時終わるとも分からない男の復讐に身を投じても。

「エセルに会いたい。生贄になんてさせない」


 僕の答えは――決まっていた。

 

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