魔王輪舞曲 第2話

 

人間にとって、不幸とは対岸の火事である。自分の身近に迫って来ない限りは、考える事もない。

 

「エセル……」

 僕は必死に手を伸ばす。体中が痛いと悲鳴を上げているが、そんな事は構わなかった。

「……かに、あの……と……る」

 目を閉じる事すらなく、彼女は死んでいた。恐怖と絶望に支配された表情のまま、涙も乾かずに。

「これだけ……れば、きっとあの御方も……」

 僕達を襲った者達の一人が、エセルの胸から何かを取り出した。白く輝く、光の珠だった。それが何を意味するかは、僕には分からなかった。

 でも、きっとエセルの大切なモノ。奪われちゃ、いけない――それだけは何となく思った。

「か、え……せ」

 やっと出たのは、弱々しい声――我ながら情けない。しかも襲撃者達には届かず、完全に僕はこの場に存在しないモノとして扱われていた。

「……て帰って、準備を……早い方が、いい」

「ああ」

 そして、襲撃者達は次々に消えていった。待て、と手を伸ばしても――僕の手は空を切るばかりだ。

「ん……?」

 最後の一人が、チラリと僕を振り返った。コツコツと高い靴音を鳴らしながら、血溜まりに倒れる僕に近付いてくる。

「何故お前がこれを持っている?」

 それは、エセルの姉・シャーロットから婚約のお祝いに贈られた首飾りだった。淡い空色の石は、愛を守る力があると彼女は言っていた。

「答えろ、人間」

 口を動かす力は、なかった。この場で殺されたって構わない……もう、如何でもよく思えてしまった。

「まぁいい。どの道人間には過ぎた物だ」

 ごめん、ロッテ――僕には守れなかったよ。エセルを、愛を。

「さらばだ人間よ。お前は魔界に来ても、谷から出る事はないだろう」

 そう言って、最後の一人も消えた。きっと、あれが悪魔なんだろう。初めて見た……一生見たくはなかったけれど。

 ああ、昔から悪魔によって人間の女の人が何人も殺されてるのに――まさか、エセルが殺されるとは思いもしなかった。

「え、せる……」

 残されたエセルの身体まで何とか這って行って、冷たくなった指に触れるのが僕には限界だった。

 

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