大聖堂の中庭の、花壇を仕切る煉瓦の上に小さな男の子が座っている。足をぷらぷらとさせ、如何にも退屈そうだった。
ただし、普通の人間でない――身体の大きさは30センチ程しかない上に、ふわふわの毛に被われている尻尾と耳――幸福ウサギという、主に南の方に住む生き物だ。
「まだかなぁ、上の連中は話が長いから嫌になっちゃうよ」
ぷくぅっと頬を膨らませる姿はとても愛らしい。彼は向かいの扉が開くのをひたすら待っている……正しくは、その奥の審問室に呼ばれたフェルゼンという青年の帰りを。
「人参食べたい、こんな狭い庭じゃなくてサンドリアの草原を走り回りたい」
間もなくして、目当てのフェルゼンが出て来た。浮かない顔の相棒に、ぴょこぴょこ跳ねていく。
「お帰りフェルゼン、災難だったね」
「全くだよ、アンリ」
アンリと呼ばれた幸福ウサギは、フェルゼンの腕に抱き上げられる。
「今回は何だって?」
「聖女達は今クライストにいるから、攻めて奪還しろってさ……簡単に言ってくれるよね」
ユリシアとリーシャの身柄を何時まで経っても返還しようとしないダンテ達に業を煮やした神団の、所謂『偉い人達』の命令だ。神団に所属するフェルゼンはその命令に逆らえない。
「今はサンドリア・マーシュライス・マカディアの兵もクライストに集っているし、九尾だとかいう傭兵もいるんでしょ」
よぢよぢとフェルゼンの肩に登った。元気付けようとしてくれている相棒の頭をフェルゼンは撫でる。
「だから、幾らでも兵を使っていいってさ。何としても連れ戻せ、だそうだ」
「嫌だなぁ、ナリィ達と戦いたくないよ」
アンリの耳が垂れた。同じ幸福ウサギ同士のアンリとナリィは仲が良かったし、ユリシア達もアンリを可愛がってくれた。
「……仕方ないよ、ユリシア達には帰って来てもらわないと」
フェルゼン自身は、シャルト達の考えに同意はしない。そもそも、シャルトが聖女達を連れ出さなければ今回の誘拐も起こらなかったのだから――ユリシアは神団の中で、警護役である自分が守っているのが一番良い事だと思っている。
「人々を悪魔の脅威から守り、真の平和を齎せるのは――暁光神団しかないんだからね」
「君って本当に不器用」
やっぱり僕が助けてあげないとねっ、とアンリは頭を回転させるのだった。