「……あの」
片や仏頂面のシオネリーゼ、片や満面の笑みのブレイズ。二人は木製のテーブルを挟んで向かいに座っていた。
「はい?」
「此処、関係ないですよね」
ガラス張りの窓からの柔らかな日差しと、店の中は客の笑顔と甘い香りに満たされている――所謂、甘味処。
「ですが、初めての土地を歩いてお疲れでしょう?」
疲れたら甘い物です、とブレイズはにこにこ笑う。確かに街を案内――というよりブレイズに振り回されたので、疲れてはいたが。
元は九尾騎士団の物資の手配の為に、任務で街に出たのだ。それをブレイズに見つかったのが運の尽き、ガイドを買って出てくれたのはよかったのだが……このように関係のない場所に連れて行かれたりもした。
「……では、お茶だけ」
「紅茶と林檎のケーキを二つ」
すかさず近くを通りかかった店の者に、ブレイズは注文する。まさかと思ったシオネリーゼは、念の為にと訊かずにはいられなかった。
「ケーキ、二つ食べるんですか?」
「いいえ? 貴女の分です」
この人は話を聞いていたのだろうか?
「美味しいんですよ」
まぁ、紅茶も甘い物も嫌いではないし。ブレイズが勝手に頼んだケーキは、確かに美味しかったから良しとしよう。
その後、ブレイズの話に付き合わされたシオネリーゼが店を出た時には空が紅くなっていた。
「あの、まだ見て欲しい場所があるんです」
「え、でももう帰らないと遅くなりますよ?」
「……最後ですから」
ブレイズはシオネリーゼの手を引いて歩き出した。人のいないゆるやかな坂道を登って行く。
「貴女にこれを見せたかったのです」
「……わぁ」
振り返ると、眼下に広がる街並みは夕陽に染まっていた。街を守る壁の向こうに広がる草原も、遠くの森も川も――皆等しく黄昏の色を受けている。
「貴女を――喜ばせたかったのです」
その一言が、吹き飛ばした。一日の疲れも、早く帰りたかったのにという苛立ちも。
「有難う御座いました、ブレイズ様……今日は、楽しかったです」
何となく素直にそう思えて、何となく素直にそう言えた。きっと自分達二人を包む紅い光が、優しいからだろう。
「クライストは、素敵な所ですね」
暖かい、と思う。気候が、ではなく――心が。隣に立つこの人が。
「此処に来れて、よかった」
初めて逢った日よりも、ずっといい表情で彼女は笑った。自分が紅いのは、夕陽の所為だけではない。