「ダンテ様」
名前を呼ばれて、ダンテは振り向いた。
「何だよ」
多少、返事が不機嫌な声になってしまったのは許せ。恋人の一大事なんだ。
それはダンテの副官たるヴィクトリークも承知の上で、咎めたりはしない。そもそも、ダンテは普段から素行が悪いからだ。嘆かわしい事ではあるが、今は指摘するべき時ではない。
「クライスト騎士団が、訪ねて参りました」
「って事はブレイズか? 何の用があってこんな時に」
ダンテはガリガリと頭を掻いた。クライスト騎士団を率いるブレイズは幼馴染だ、放って置く訳にもいかない。
「ちょっと行って来る」
そう言ってダンテは木の椅子から立ち上がる。出ていた間の事は、ヴィクトリークやケイに後で聞けばいい。
「ああ、どうぞ」
応えたのは今回雇った傭兵の頭だ。シャルトの考え出した作戦を吟味し、奴が纏め上げていく。ダンテが少し外しても問題はないだろう。
「本当……何しに騎士団連れて来たんだ、アイツは」
呟いてみても、大体の予想はついたが。
勝手知ったる他人の家とばかりに、私は館の中を歩く。悪友とも呼ぶべき、兄のような人達が会議をしているであろう部屋の目星も付いていた。
「よぉ」
出て来たばかりなのか、開けっ放しの扉に背を預けるダンテ殿を見つける。軍議の内容が外に漏れてしまうだろうに、この人は全く気にしていない。シャルト殿達に会話を聞かせる為でもあるかもしれないが。
「リーシャ殿達の事、聞きました。私とクライスト騎士団も、彼女達の救出に協力します」
「……それで? お前には関係ねぇ話だろうが」
何故ダンテ殿達は、自分を巻き込むまいとするのだろうか。
「関係なくはありません。ダンテ殿、シャルト殿、ケイ殿は俺の幼馴染で。リーシャ殿、ユリシア殿、メル殿はその恋人で。俺にとっては、家族のような存在です。それを助けようと思って何がいけないのでしょうか」
強い目でダンテに訴える。私は絶対に退かない。長年の付き合いで、それはダンテも分かっていた。
「親父さんは知ってんのか」
「快く送り出してくださいました」
参加させない理由が尽きてしまったダンテ殿は負けを認めたようだった。
「……自分の身は自分で守れよ」
「はい!」
軍議の行われている部屋に足を踏み入れると、私は止まってしまった。
「ブレイズ?」
私が扉の下で突っ立ったままなのを不思議に思ってか、ダンテ殿が声を掛けてきた。
「ダンテ君達が館に突入……」
幼馴染達や部下に指示をする紅い髪をした男性――九尾騎士団と呼ばれる傭兵組織を率いるイグナスの噂は聞いた事があった。が、私の目を奪ったのは彼ではない。
イグナス殿の話を一言も聞き洩らすまいと見詰めていた、黒髪の女の人。
どくん――胸の中で、何かが跳ねた。
「おい……ははーん」
ダンテ殿が私の視線の先にあるモノを知って、にやりと笑った。引き摺られるように私は、彼女の正面の席に座らされる。彼女の両隣は既に人がいたし、何よりも陣営が違う。地図を広げたテーブルを挟んだ向かい側なら、不自然ではない――が、そんな事は今の私には何にもならない。
「丁度良いな。ブレイズ君と配下のクライスト騎士団には……」
軍議の内容が頭に入ってこない。顔が熱くて、呼吸が苦しい。心の臓の音が、皆に聞こえてしまうのではないかと思う程に、煩く高鳴っている。
「ブレイズ、本当に如何したのだ?」
隣のシャルト殿が訝しげに、軍議の邪魔にならぬよう小声で聞いてきた。
「い、いえ何でもありません!」
前を見ようにも、そこには彼女がいて……直視出来ないのに、つい目がいってしまって。
「……?」
目が合うと、意志の強そうな目つきから一転。彼女は私に優しげに笑い、軽く頭を下げた。
九尾騎士団の人間という事しか分からない――今は未だ言葉を交わした事もない、名前も知らない、この人に。
俺は、生まれて初めての恋に落ちました。